特許の基礎(1)
![]() | 教授。特許の請求項を読んでいるんですけど、ちっとも頭の中に入ってきません。 | |
![]() | あ〜。お願いした特許調査に取り組んでいるんですね。 | |
![]() | 何を主張しているのか、意味不明なんですけど。 | |
![]() | もしかして、いきなり請求項から読んでいるんですか?? | |
![]() | そりゃそうですよ。 | |
![]() | でも、特許を読むの、初めてですよね?? | |
![]() | 正真正銘のbeginnerです。 | |
![]() | だったら無理ですよ。基本的に、特許の構成は「従来はこういうことができなかった⇒だから、こういう発明をした」という流れになっているので、課題は何かという部分から押さえる方が理解が早いです。それと、発明者は権利範囲を広く取ろうとするので、請求項は抽象的に表現するのが普通です。なので、実施例を先に読んでおいた方が、何を権利化しようとしているかが見えてきます。 | |
![]() | 教授も、背景とか目的から読むんですか?? | |
![]() | いいえ。取り組んでいる技術の課題なんて、たいてい類型化できますし、読み慣れてくれば、請求項だけで殆どのことは分かります。 | |
![]() | 特許は、どこから読むのがいいんですか?? | |
![]() | それは人それぞれでしょうけど、新しい公開案件の場合は、個人的には出願人と発明者をチェックしますね。また、登録案件の場合は、ファミリーもチェックします。 | |
![]() | 特許に家族がいるんですか?? | |
![]() | ファミリーの有無というのは、要するに外国出願されているかどうか、ということです。 | |
![]() | 出願人と発明者は違うんですか?? | |
![]() | 企業の場合は、特許法第35条に定められている"職務発明"に該当します。このとき、出願人は使用者である会社名になっていることが普通です。発明者は従業者、つまりその企業に勤めている開発者、研究者ということになるでしょうね。 | |
![]() | そんなところを見て、何か役に立ちます?? | |
![]() | いろいろ分かりますよ。例えば、その会社の開発規模とかですね。 | |
![]() | え〜。そんなこと分かるんですか?? | |
![]() | ある学会活動で潟潟Rーの技術者と仲よくなったので、特許情報から潟潟Rーの開発体制図を再現したものを見せたところ、8割くらい当たっていたので、びっくりされたことがあります。 | |
![]() | 暇ですね〜。 | |
![]() | 違います。飽くなき探求心というやつです。 | |
![]() | その探究心は、ご自身の研究に向けた方がいいと思います。 | |
![]() | …。多くの場合、同じ技術課題に取り組んでいる企業は限られてますし、その中でも厄介な請求項を書く発明者は限定的なので、もしそういう案件なら、しっかり読み込もうという気になりますね。 | |
![]() | 真剣勝負ですね。 | |
![]() | そのうえで、請求項⇒実施例という順番です。 |
![]() | 教授。もしヤバい特許が見つかったら、どうするんですか?? | |
![]() | 取るべき道はいくつかあると思いますが、まずは設計回避ですね。次に無効化活動。最悪はライセンス契約でしょう。 | |
![]() | 設計回避って、そんなに簡単にできないですよね?? | |
![]() | ある程度まで詰められた状態だと難しいでしょうね。 | |
![]() | そうすると、無効化活動ですか…。 | |
![]() | そうなりますね。ただ、その前に、その特許は本当にヤバい特許なのか、もう一度深く読み込む必要があると思います。早合点というケースもあるでしょうし、類似してないことを論理的に証明できるケースもあります。 | |
![]() | う〜ん。論理的にですか。あまりピンとこないですけど。 | |
![]() | 先ほど、「発明者は権利範囲を広く取ろうとするので、請求項は抽象的に表現する」と言いました。 | |
![]() | そうでしたね。 | |
![]() | しかし、特許法第70条第2項には「願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定されています。要するに、請求項の主張している技術的範囲が、明細書の記載とか図面によって限定される方向で解釈され得るということです。 | |
![]() | 請求項で大風呂敷を広げても、その権利範囲が狭くなるってことですね。 | |
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あくまで、可能性の問題ですけどね。例えば、特開平7-146437という特許の請求項1は次のように書かれています。 【請求項1】光ビームを偏向手段により偏向させて被走査面を走査する光ビーム走査装置の該偏向手段と被走査面の間に配置される光ビーム走査用光学系において、 | |
![]() | この請求項のどこに注目すればいいんですか?? | |
![]() | 「ゼロに近いパワー」と「第一レンズの近傍に第二レンズが配置されている」という部分です。 | |
![]() | う〜ん。確かに、この表現は曖昧ですね。どちらも"近い"という表現が使われてるけど、いくつ以下なら近いと言えるかは、人それぞれのような気がします。 | |
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そこです。まず「第一レンズの近傍に第二レンズが配置されている」を紐解いてみましょう。明細書の【0007】には次のように書かれています。
【0007】被走査面近傍にシリンドリカルレンズを配置する従来例においては、前述の環境変動の影響による問題は少ないものの、例えば電子写真方式を用いるレーザービームプリンタ等では、現像器、クリーナ等のプロセス的装置が感光体ドラムに密着して配置されている為に、こうした感光体ドラム近傍にシリンドリカルレンズなどの光学素子を配置するのは好ましくない。また、感光体ドラム近傍にこうしたシリンドリカルレンズを配置すれば、トナーによる汚れ、熱、オゾン等による悪影響を受けやすい。 | |
![]() | 「第一レンズの近傍に第二レンズが配置されている」の反対が「感光体ドラムの近傍に第二レンズが配置されている」ということですか?? | |
![]() | そうなりますね。そして、そのときの結果として「トナーによる汚れ、熱、オゾン等による悪影響を受けやすい」と書かれています。 | |
![]() | ということは、「トナーによる汚れ、熱、オゾン等による悪影響を受けにくい」配置であれば、「第一レンズの近傍に第二レンズが配置されている」ことになる、ってこと?? | |
![]() | 論理的に考えれば。 | |
![]() | え〜。限定的かもしれないけど、この解釈では全然嬉しくないです。 | |
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そうですね。ここが、この特許のうまいところなんです。さすが、丸島儀一だな、という感じがします。![]() 丸島儀一(1934〜2024) | |
![]() | 誰ですか??有名人?? | |
![]() | 潟Lヤノンの特許文化を築き上げたレジェンドです。 | |
![]() | そうすると、「ゼロに近いパワー」で強く制限をかけることを考えないといけませんね。 | |
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そこで明細書の【0006】です。
【0006】また、トーリックレンズは加工が難しく、コストアップの要因となっている。このような問題点を解決するために、トーリックレンズのプラスチック化等が考えられるが、上記従来例のように回転多面鏡側より順に凹・凸のレンズを配置する構成においては、全系のパワーに対するトーリックレンズのパワーが強くなる為、環境変動によるプラスチックのレンズのパワー変化の影響が無視できず、被走査面上でのピントずれ等の問題が生ずる。 どう限定できるか分かります?? | |
![]() | う〜ん。第一レンズと第二レンズのパワーの順番が凹+凸となる構成を否定しているように読めます。 | |
![]() | はい。つまり、第一レンズのゼロに近いパワーは、0か正パワーであると解釈できるわけです。実際、この特許には実施例が2つ記載されていますが、一つは焦点距離(f1b)が\(\infty\)、もう一つは277.421mmとなっていて、特許の中身そのものも、この解釈で整合性が取れています。 | |
![]() | なるほど。ゼロに近いパワーでも、それが負パワーだったら、この請求項から外れるんですね。 | |
![]() | いえ。そういう解釈ができる可能性がある、ということです。 | |
![]() | え〜。可能性だけなんですか??だったら、ゼロに近いパワーで設計できないじゃないですか。 | |
![]() | こういう解釈上の問題は、常に微妙な判断を迫られるので、単純に設計者の見解だけで"問題ない"という結論は下せません。だから、自分たちの立てたロジックの妥当性は、独り善がりにならないように知財部の判断を仰いだ方がいいのです。 | |
![]() | なかなか一筋縄ではいかないもんですね…。 | |
![]() | ただ、ヤバい案件だと思っても、慌てず騒がず深く読み込んで、似て非なるポイントを徹底的に探すことは重要ですよ。無効化と一口に言っても、過去の案件を調査するのも大変ですし、そもそもドンピシャの案件なんて、そうそうないですよ。あれば特許庁がとっくに見つけてます。 | |
![]() | 読みこなすことが大事ということですね。 | |
![]() | それと、逆の立場で考えてみてください。自分が特許を出願するときに、不用意に明細書を書いてしまうと、知らぬ間に請求項に制限を加えている可能性があるということでもあります。 | |
![]() | 確かにそうですね。 | |
![]() | また、最近の傾向として、そもそもこのような曖昧な表現を請求項に使うことが難しくなっています。 | |
![]() | そうなんですか?? | |
![]() | 結局、解釈の問題になると、審査官の間でも意見の統一が難しくなりますよね??ですから、発明のポイントを明確にして、多義的な解釈をしなくてもいいような請求項の書き方が求められているんですよ。 | |
![]() | 確かに、その方が論理の組み立てもやりやすいですね。 | |
![]() | 強い特許を書こうと思ったら、こういうバックグラウンドも知っておく必要があると思います。 |
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