特許の基礎(3)

〜ヤバい特許が見つかった!! Part.V〜
教授。今回は"当業者容易"以外の論理展開で"進歩性"を崩すケースの話ですね。
はい。例えば、特許3445050という特許の請求項9は次のように書かれています。

【請求項9】光源手段から出射した独立変調された複数の光束を第1の光学素子と第2の光学素子とを介して偏向素子の偏向面において主走査方向に長手の線状に結像させ、該偏向素子で偏向された複数の光束を第3の光学素子を介し被走査面上にスポット状に結像させて該被走査面上を走査するマルチビーム走査光学装置において、
該第3の光学素子は少なくとも2枚のレンズにより構成され、該2枚のレンズのうち少なくとも2つのレンズ面の副走査方向における曲率を軸上から軸外に向かい連続的に変化させることにより、該被走査面に入射する光束の像高による副走査方向のFナンバーの変化を抑えるようにしたことを特徴とするマルチビーム走査光学装置。

この特許は、存続期間満了前に放棄って書いてますね。
登録特許を維持するのにもお金がかかりますからね。お役御免になったものは積極的に放棄しないと、もったいないでしょ??
この請求項だと、前半部分は通常の構成要件しか書かれてませんね。
そうですね。この請求項の新味は「2枚のレンズのうち少なくとも2つのレンズ面の副走査方向における曲率を軸上から軸外に向かい連続的に変化させる…☆」という部分だと考えられます。
教授。最後の「被走査面に入射する光束の像高による副走査方向のFナンバーの変化を抑える…☆☆」って、発明の効果ですよね??それが請求項に入っているのって、変じゃないですか??
お、いいところに気が付きましたね。こういう書き方は化学分野の発明でよく見られるテクニックなんですが、恐らく発明者は☆だけでは作用効果の予測が困難だと考え、☆☆を加えることで先行技術との差異を明確にしようとしたのだと推察されます。尤も、構成要件だけで請求の範囲を主張できれば、それに越したことはありません。その方が侵害立証性が容易になります。
"Fナンバーの変化を抑える"というのも、曖昧な表現ですね。いくつ以下なら抑えられていると言えるのか、よく分かりませんし。
それについては、請求項12に、

【請求項12】前記被走査面に入射する光束の副走査方向のFナンバーの最大値をFmax、最小値をFminとしたとき、
Fmin/Fmax≧0.9 なる条件を満足をするように前記第3の光学素子を構成する2枚のレンズのうち少なくとも2つのレンズ面の副走査方向における曲率を軸上から軸外に向かい連続的に変化させたことを特徴とする請求項9、10又は11に記載のマルチビーム走査光学装置。

とあるので、発明者の意図は明確だと考えられます。
教授。自由曲面をたくさん使えば、光学性能が向上するのは当たり前じゃないですか。私だったら、進歩性なしと判断します。
しかし、この発明者は、その展開を予測して【0016】と【0017】で予防線を張っています。

【0016】又、一方LBPに用いられる走査光学装置は、該LBPの高速化、高精細化によって、より高速走査の可能なものが求められており、走査手段であるモーターの回転数、偏向手段であるポリゴンミラーの面数などの限界から、特に複数の光束を同時に走査できるマルチビーム走査光学装置の要求が高まっている。
【0017】上述した副走査方向の横倍率の不均一性は、光源(光源部)の位置が光軸から図2に示すZ方向に外れている場合に走査線の曲がりを生じさせる為、例えばマルチビーム走査光学系(マルチビーム走査光学装置)のように光軸から外れた複数の光束を用いて被走査面を同時に走査する光学系では、該被走査面上で走査線が曲がり、その結果ピッチムラによる画像品位の劣化が起こるという問題点があった。

つまり、Fナンバーを抑えるニーズは、光源がマルチビームになって初めて発生する、ということですね。
だから、自由曲面を複数の面に採用する必要がある、という論法です。"当業者容易"だと簡単に斬り捨てるのは、忍びないように思えませんか??
う〜ん。なかなか見事な論陣ですね。
明細書を作り込んでいくというのは、こういう具合に、相手からどんな反論が飛んでくるかを想定して、予防線を張っておくということでもあるんです。
進歩性を主張できるストーリーを固めていくわけですね。
それがどれだけ重要なことか、ということが、このような特許を読んでいくと、とてもよく分かりますよね??
そうですね。
しかし、です。先ほどの「自由曲面をたくさん使えば、光学性能が向上するのは当たり前」という考え方は、実は悪くないんですよ。
ん??本当??
この考え方を推し進めると、「自由曲面をたくさん使わなくても、Fナンバーの変化を抑えている走査光学装置」を先行技術として示せれば、この発明は"進歩性"がなくなりますよね。
そっか。「自由曲面が1面しかないのに、Fmin/Fmax≧0.9という条件を満たす第3の光学素子」に言及している公知文献があればいい、ってことですね。
そこまでの方針を立てて公知文献の探索に入った方が、闇雲に当たっていくより楽ですよ。結論を言うと、そういう公知文献は存在します。
なるほど。これが、論理的に"進歩性"を崩す考え方ってわけですね。
これはあくまで一例です。"進歩性"を崩すロジックは、いろいろあるでしょうから、無効化が難しいと思っても簡単に諦めない方がいいです。突破口は、意外とあちこち隠れているものなんですよ。

〜そしてPD処理へ〜
教授。論理展開して無効化のストーリーはできたけど、その後はどうするんですか??
企業の場合、基本的にはPD(Patent defence)処理を行います。で、知財部と相談ですね。
書類作成かぁ。面倒ですね。
でも、いざ審判とかになったら、自分ではどうしようもないでしょ。知財部と意見をすり合わせて準備しておく必要があります。
PD処理は絶対にやらないとダメですか??
前にも述べましたが、特許の解釈は技術的側面以外に法的側面からもアプローチしないといけません。こちらの技術とヤバい特許の無関係性がよっぽど明らかでない限りは、PD処理して知財部の判断を仰ぐべきです。
PD処理した後は、どうなるんですか??
具体的な動き方は、いろいろだと思います。例えば、特許法施行規則第13条の3には「何人も、特許庁長官に対し、刊行物、特許出願又は実用新案登録出願の願書に添付した明細書、特許請求の範囲若しくは実用新案登録請求の範囲若しくは図面の写しその他の書類を提出することにより、特許が次の各号のいずれかに該当する旨の情報を提供することができる。」とあり、もし公開もしくは登録されている発明の内容が新規性・進歩性を有していない根拠となる情報を第三者が持っている場合、それを特許庁に提供することを推奨しています。
それって、要するにチクり制度じゃないですか。
ま、平たく言えばそうです。
なら、どんどんチクっちゃえばいいですね。
それも、やり方の1つです。しかし、逆の立場で考えてみてください。もし自分の出願した特許に、各方面から情報提供があったとしましょう。どう思います??
う〜ん。自分の出願した特許が、よっぽど気に入らないんだろうな、と思います。
つまり、情報提供者は、その特許が邪魔なんですよ。
そうか。ひょっとしたら、その特許に関連する技術を開発中なのかもしれませんね。
とすれば、こちらとしての態度はどうなります??
戦闘モード突入ですよ〜。何としてでも登録に持っていこうと思います。
つまり、情報提供がかえって相手を刺激してしまい、藪をつついて蛇を出す結果になるリスクもあるわけです。知財部はそういうことも考慮して、情報提供する/しないの判断をしているんですよ。
なら、基本的には知財部に任せておけばいいですね。
というより、どういう作戦で行くべきかも含めて、こちらの意見と知財部の思惑をすり合わせておくんです。そのためのPD処理でもあるんですよ。


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