光学図面の基礎(2)

〜光学製図の作法〜
教授。何か茶道みたいですね。
これから説明するのは、図面"道"みたいなものですから、取り組む姿勢は同じです。が、説明に入る前に重要なお知らせがあります。
お。そういう言い方をされると、逆に期待しちゃいます。
特に光学製図に関する表記方法についての説明は、この講座の内容を鵜呑みにしてはいけません。
え〜。衝撃の告白じゃないですか!!教授。それは、この講座そのものの存在意義を否定していることになりますよ。
ISOやJISが頻繁に変更されるので、しょうがないんですよ。
どっちも標準を決めている機関なのに、そんな骨抜きでいいんですか??
時代とともに技術が進化してますからね。それに応じて、新しい考え方や新しい表記方法に変えていかないと、図面の機能が果たせなくなります。ですから、製図の際には常に最新のルールと照合する作業が必要になってくるんですよ。
う〜ん。仕方のないこととは言え、面倒ですね…。
一応、この講座では2025.4.1.時点でのJISをベースにおいて光学製図の説明をしていきますが、最新情報はJISCのサイトで確認してください。
また、光学製図のルールすべてをこの講座で押さえるのは時間がかかるので、あくまで抜粋です。
結局、ちゃんと読めってことですね。
早速、通則(JIS B 0090-1:2007)について見ていきましょう。
まず、暗黙の了解となっていることをおさらいしておきます。JISでは、図面に何の記載がなくても、測定の際に基準とすべき波長と温度が定められています。
それは、何nmで何℃なんですか??
そこです。以前は基準波長はd線とされていたのですが、現在(2025.4.1.)ではd線とe線の2種類が設定されています(眼光学関連分野以外は、e線を使用する)。ひょっとしたら、今後も変わるかもしれません。
え〜。そこから、もうフラフラしているんですか!!
だから、最新情報を確認する必要があるんですよ。
トホホ…。教授。e線とかd線というのは??
輝線スペクトルのことです。原子を励起させると、安定状態に戻ろうとするときに、電子のエネルギー準位に相当する波長の光が放出されます。電子のエネルギー準位は原子ごとに決まっているので、揃った波長が得られるのです。e線は水銀から放出される輝線スペクトルで\(\lambda\)=546.07nm、d線はヘリウムの輝線スペクトルで\(\lambda\)=587.56nmです。
2つも基準波長があるなんて、混乱しないのかな??
そういう惧れがある場合は、焦点距離や屈折率に添え字を記載した方がよいかもしれません。
つまり、\(n_{\rm d}\)とか、\(f_{\rm e}\)ってことですね。
実は、基準温度もフラフラしてましてね。以前は、22±2℃だったものが、現在(2025.4.1.)では20℃に設定されています。
う〜ん。基準温度が頻繁に変わるのは困りますね。だって、ただでさえ半導体レーザは基本的に25℃でスペックが謳われているし、HOYAの硝材カタログは23℃が基準温度だし、こんなに基準温度がバラバラだと、設計するときに頭が混乱しそうです。
そこは充分に注意しないといけないポイントですね。
もし、別の波長とか別の温度で測定してほしいときは―??
注記で指示する方法が1つありますね。また、波長の場合は\(f\)(780nm)という表記方法が許されています。
そうすると、基準波長って、あんまり意味ないかもしれないですね。だって、基本的には輝線スペクトルとか波長を指定しないといけないんでしょ??
そうですね。それに今後、新しい光源が出てくれば、それに対応した表記方法を考える必要に迫られる可能性もありますし。
基準温度も、もっと包括的に統一されるかもしれないですね。
次に、光学素子は光の入射が大前提となりますが、入射光線の向きが左から右となるように描きます。それと、光軸は水平に描くことが推奨されています。
それはなぜですか??
では、1つ質問しましょう。次のような道路標識があった場合、


図1.道路標識

どちらが昇り勾配だと思いますか??
う〜ん。左図の方かなぁ。
たいていの人は、同じように回答すると思います。どうやら人間は、視覚動作について"左から右"へ、"上から下"へという"好みの偏向"が存在しているようなのです。
そう言われてみれば、横スクロールのゲームって、キャラクターが左から右に動きますね。
ウェブサイトの"次頁へ"という矢印も"→"を使ってませんか??
お。確かに。"←"は無意識に"戻る"と認識してました。
つまり、時間の進む向きという感覚を空間的に捉える場合に、我々は"右→左"より"左→右"を、"下→上"より"上→下"を自然だと感じているわけです。
なるほど。"上から下"って、やっぱり重力の向きと関連があるんですか??
そうですね。
そうすると、"左から右"って何に起因しているのかな??
それは、太陽の動きです。太陽の運動は東→西、つまり左→右ですよね。日時計に代表されるように、太陽の動きこそ時間の概念を具現化したものですから、"左から右"という動きに、時間が進んでいるという感覚を強く受けるのは極めて自然なことだと考えられます。
だから、入射光線の向きも"左→右"とした方が自然なんですね。
たぶん。
え??たぶん??
ええ。だって、いま思い付いたことを即興でペラペラ話しただけですから。
え〜。根拠ないんですか??物凄い説得力がある説明なので、納得しちゃったじゃないですか〜。
いえ。"好みの偏向が存在する"というのは、ちゃんと研究結果が報告されています。ただ、それ以降の話は適当です。
危ない危ない。リアルで教授の話を鵜呑みにできないですね…。
ちなみに、光軸は細い二点鎖線で指示します。


図2.光軸
光軸って、レンズの中心を通る直線って説明されたりするけど、レンズの中心って意外と漠然としていて、よく分からないんですよねぇ。
その定義は、レンズが回転対称形で、実体のレンズそのものも対称性を持っていることが前提になっているんです。例えば、回転対称形でも、


図3.Dカット図面

というようにDカットを指示した場合、この中心線を光軸と呼ぶのは、光学設計者なら抵抗があると思います。
そうそう。そうなんです。
だから、レンズの場合は「両面の曲率中心を結んだ直線」と定義した方が通じやすいと思います。
でも、レンズの両面が傾いていたり、回転対称形状じゃなかったりすると、その定義も苦しくないですか??
そういう場合は、光軸の表記を捨てて、例えば機械製図で規定される中心線を描いて、寸法表記した方がいいかもしれませんね。
そうすると、レンズの図面なのに、機械製図に近いイメージになりますね。
やむを得ないと思います。とは言うものの、やはり機能としては光学的なものを求めたいですし、機械製図だと割り切るわけにはいきません。こういうときこそ、初心に立ち返るわけです。
あ〜、製図の"心"ですね。設計者の意図を正しく伝えることが本質だ、でしたね。
そういうことです。

〜ハッチング問題〜
教授。レンズって基本的には回転対称形だから、断面図で描きますよね。
そうですね。
そうすると、ハッチングしないといけないんですか??
JISでは、どちらでもよいことになっています。
樹脂レンズだと、必ずしも回転対称形ではないですが…。
樹脂レンズは、強度を確保するためにリブをつけたり、ゲート跡が残ったりしますからね。機械製図(JIS B 0001:2019)には、「寸法は、なるべく主投影図に集中して指示する」とあり、設計者としては、樹脂レンズの外形形状とレンズ面形状を主投影図に盛り込みたいわけです。その場合は、


図4.断面図のハッチング

というように、一部を断面図にして描きますが、さすがにハッチングしないと分かりにくいでしょう。
人体解剖図みたいですね…。あれ??Sur.1とかSur.2とかありますけど??
通常は、曲率半径を指定するところですが、自由曲面などは注記で数式を使ってレンズ面形状を指示することが多く、そちらに曲率半径を記載した方が、誤解を解消できる場合があります。そういうとき、対応する光学面を明確にする意味で、このように図示することがあります。
他にハッチングの例はありますか??
いろいろありますが、覚えておくといいのは、光学的有効範囲を指定する場合ですね。回転対称形の場合は、


図5.光学的有効径

というように指示しますが―。
教授、ちょっといいですか。直径の\(\phi\)なんですけど、読み方は「ファイ」でいいんですか??
JISでは「まる」でも「ファイ」でもよいことになってます。ただ、「ファイ」という呼び方は、角度でも使いますし、光学では位相を表すこともあるので、個人的には「まる」と言うようにしてます。尤も、外国では「ファイ」ですから、「ファイ」派が圧倒的に多いでしょう。
それと、この記号については、


図6.\(\phi\)の省略

というように円形を表す形体を指示する場合、\(\phi\)を省略して直径の数値だけを記入する、というルールも覚えておくといいです。
もう1つ。図5には\(\phi_{\rm e}\)という記号が見えますが??
eはeffectiveの略で、(光学的)有効径を意味します。ただ、実際の図面で、この記号を見たことはありませんね。
どうしてですか??
たいていの場合、後で説明する要目表の中に記載するからです。
円形の場合は光学的有効径、そうでない場合は光学的有効範囲ということですね。
いずれも、「実使用上の有効な光線が光学面を通過する領域について、すべての有効光線による通過領域を包含する光学面上の範囲あるいは径」と定義しておくと理解しやすいでしょう。
光線の通過位置が公差で振れることも考慮して、ということですね??
その理解でOKです。ちょっと脱線しましたね。元に戻しましょう。
はい。
回転対称形でない場合は、光学的有効範囲を指定して、


図7.光学的有効範囲

図面上に寸法を書き込むか、数値を要目表の中に記載します。このとき、光学的有効範囲は細い実線で描き、範囲自体は同じ種類の実線でハッチングを施して指示します。
ハッチングについては、これくらいにしておきましょうか。

〜要目表登場〜
教授。さっきから要目表という言葉が出てきてますが??
光学素子の場合、どんなものでも共通して評価すべき特性というのがあります。しかし、それを注記に羅列すると見にくいですよね。
そうですね。形状が複雑になれば、注記はどんどん増えていきますもんね。
そこで、定番の項目については表にして図面の中に記載することにしました。これが要目表です。
光学製図特有なんですか??
要目表そのものは、別の機械製図でも登場します。表の中身(項目)が、それぞれ固有であるということです。
フォーマットは決まっているんですか??
JISの規定しているデータ表示表は図8のようなものですが、


図8.要目表(JIS)

個人的には、これをベースにした図9のような要目表を使ってましたね。


図9.要目表(オリジナル)
あ〜、光学的有効範囲とか、焦点距離とか、確かにありますね。けど…。
見慣れないものもある??
というよりも、何を記載すればいいのか、よく分からないという感じです。
それについては、次回から説明していきましょう。


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