光学図面の基礎(3)

〜屈折率公差〜
今回から要目表ですね。
繰り返しになりますが、この要目表も時代とともに変わっていく可能性のあることだけは記憶に留めておいてくださいね。
光学製図について確定的なことって、本当に何もないんですね。
そういうことです。さて、応力複屈折公差から説明しようと思ったんですが、その前に屈折率公差について一言だけ触れておきます。
特に気になるところはないように思えますが??
古い光学製図を見ると、
 1.51872±50
と記載されていることがあります。
±50??え??ってことは、51.51872??あり得ないです…。
実は、こういう記載のときには、公差量は×10-5を演算して読むことが暗黙の了解になっているんです。
つまり、
 1.51872±0.00050
と読み替えろと??
そういうことです。最近では有効数字の桁数を合わせる方が一般的なので、滅多にお目に掛からないとは思いますが、念のために注意しておきます。

〜応力複屈折公差〜
表の中に0ってありますね??


図1.要目表(再掲)
これはコード番号で、応力複屈折公差を意味しています。
で、何を書けばいいんですか??
例えば、
 0 / 10
というように、最大許容応力複屈折を記載します。
単位がないですね。
10nm/cmというように読み替えるルールになってます。
複屈折って、結晶が持っている性質じゃないんですか??
あ〜。異方性媒質の話ですね。確かに、物性としての複屈折というのもあります。でも、ここでは等方性媒質を念頭に、「成形及び/又はアニールの過程における不均一な冷却、又は光学素子のある種の製造工程で発生するガラス素材内の残留応力の結果」発生する複屈折と定義されています。応力複屈折とわざわざ言っているのは、そういうことです。
ひずむということですか??
そうですね。"応力複屈折=歪み"という認識でいいでしょう。
どう計算されるんですか??
複屈折を持っている媒質に光を透過させると、光は、残留応力に平行または直交する2つの偏光方向で2つの異なる屈折率を感じます。そうすると、それぞれの光が媒質から出てくるときに、媒質の厚み\(d\)に依存した光路長差\(\Delta l\)が発生するのです。当然、歪みの大きさ(残留応力)\(F\)と、媒質の歪みやすさ(これを光弾性こうだんせい係数\(\beta\)と呼びます)にも依存するはずで、結局\(\Delta l\)は、
\[ {\Delta}l = d {\times} F {\times} {\beta} \] と表すことができます。
う〜ん。上の10nm/cmという例だと、サンプルの厚さ\(d\)=1cmのときの光路長差って読めますけど。
そうですね。要目表に記載すべき数値としては、その定義が正しいです。
\(F\)と\(\beta\)の単位は??
\(F\)はN/mm2、\(\beta\)はmm2/Nですね。
う〜ん。でもな〜。どんな数字を入れればいいのか、よく分からないです。
確かに、応力複屈折が10nm/cmと言われても、直感的にそれが光学性能にどれだけの影響を与えるのかは分かりにくいですね。ですので、ガイドラインが制定されています。
 偏向装置や干渉装置の場合      <2nm/cm
 精密光学系や天体用光学系の場合   5nm/cm
 写真用光学系や顕微鏡用光学系の場合 10nm/cm
 拡大鏡やファインダ光学系の場合   20nm/cm
 照明用光学系の場合         要求値なし
大雑把には、20nm/cmを超える場合、「粗」アニールガラスと呼び、10nm/cm未満の場合、「精密」アニールガラスと呼びますね。
てことは、私たちの業務内容だと10(nm/cm)ってことですね。
はい。その数値が記載されているケースが多いと思います。しかし、思い出してください。図面は測定方法も指示するのです。このように数値で指定したということは、応力複屈折を定量的に評価することを設計者は求めているということになります。
ムム。確かに、そうなりますね。応力複屈折を測定するのって大変なんですか??
測定の原理は確立されているので、測定系を組み上げて評価することはできますが、例えば大きなレンズになると、測定が容易であるとは言い難いですね。
でも、これは重要な項目ですよね??
応力複屈折があると、非点収差が発生したりして、著しく結像性能は落ちますね。特に、レーザを透過させると最悪の場合ビームがスプリットすることがあります。


図2.応力複屈折によるビーム品質の劣化
非点収差って??
回転対称なレンズなのに、直交する2つの方向で焦点距離が異なってしまう悪さのことです。
だったら、書かないわけにいきません。
そこで、このジレンマを解消するために、注記に「詳細は別途協議による」とか「検査仕様書を別途発行する」と書いて少しぼかす手がよく使われます。
う〜ん。何だか国会答弁みたいですね。
やはり、製品化を想定する場合、コストという切り口を蔑ろにすることはできませんからね。例えば、応力複屈折のような項目は、成型条件が固まってしまうと、それほど大きくばらつかないことが分かっています。とすると、その成型条件を決定する目標値として、この応力複屈折公差を運用し、あとは型メンテナンスといったbig eventごとに応力複屈折公差をチェックするので充分、ということもあるわけです。
その成型条件を割り出す過程では、専用の測定器を使って評価するということですか??
そういうことです。割り出された成型条件をモニタすることで応力複屈折公差を担保するというわけです。別途協議という具体的な内容は、そういう運用方法を取り決めるということなんですよ。そうやって品質とコストのバランスをとっていくわけです。
世の中も、Work and life balanceが喧しいですからね〜。
それと、応力複屈折については、定量化に目を瞑ると、もう少し楽に評価する方法があります。
それは??
限度見本を用いるという方法です。

〜限度見本の時代〜
いろんなサンプルを作るってことですか??
そうです。成型条件をいろいろ変えてサンプルを作り、それぞれの最終品質を評価してランク分けするのです。
その方法だと、最終品質を基準にOK/NGの境界線が決められそうですね。でも、肝心の応力複屈折が測定できないと意味ないじゃないですか。
このときの応力複屈折は必ずしも定量化されてなくていいんですよ。そこで、次のような評価方法をとります。
まず、レントゲン写真を見るときに使う白色照明装置を用意して―。
シャーカステンですね。


図3.シャーカステン
更に、2枚の直線偏光子を用意します。直線偏光子というのは、任意の偏光方向の光しか通過できないような仕掛けの施された光学素子です。


図4.直線偏光子
教授。図4を見ると、直線偏光子の直線方向と直交する偏光方向の光が通過してますけど、これ、間違ってませんか??
この直線方向は、ワイヤグリッドの並べ方や高分子の配向などで決まるんですが、それと平行な偏光方向を持つ光は、寧ろそこでトラップされてしまうんです。だから、図4が正しい。光学技術者でも意外と勘違いしている人が多いので、要注意です。
他に必要なものは??
準備はこれで完了です。あとは、被検物であるレンズを2枚の直線偏光子で挟み、白色照明装置で照射して上から覗くだけです。


図5.応力複屈折の評価方法

レンズに応力複屈折があると図6のように色づいて見えます。


図6.応力複屈折のあるレンズ
へぇ。綺麗ですね〜。
感心している場合ではありません。この色づきの度合いによっては、使えないレンズかもしれないんですよ。
あ、そうでした…。
こうやって、見本ごとに「色づき」と「最終品質」の紐づけを行い、最終品質のレベルに応じて順位をつけるのです。


図7.限度見本

あとは、量産されたレンズ(被検物)の色づきと、この順位表を比べてOK/NGを次々に判定していきます。
う〜ん。理屈は理解しましたけど、同じ「色づき」パターンのレンズなんて、ありますかね??
同じパターンはないでしょうね。
そうすると、この方法は検査する人によって判断が分かれるような気が…。
そこです。限度見本の方法は、必ずその問題を孕んでいます。しかも、すべての成型メーカーに通用するわけでもありません。そういう背景を考えると、誰もが迷いなく判断できる統一的な指標がほしくなりませんか??
だから、定量的な表記方法が登場したわけですね。
そういうことです。尤も、限度見本の方法でも、AI(人工知能)でバラツキなく評価できる時代になるかもしれませんが…。
そうなったらなったで、新たな表記方法が出てくるかもしれませんね。ところで教授。図6のような「色づき」はどうして発生するんですか??
白色照明装置から出射される光の偏光は、いろいろな方向成分があると考えられます。しかし、1枚目の直線偏光子を通過すると、その後の光の偏光は、すべて一律の直線偏光に揃います。それを、
\[ \begin{align*} \left( \begin{array}{c} 0 \\ 1 \end{array} \right) \end{align*} \] というように表しましょう。このような偏光の記述方法をJonesベクトルと言います。
とりあえず、\(y\)軸に平行な単位ベクトルに揃ったと考えるわけですね。
さて、応力複屈折のあるレンズを透過するとき、「光は直交する2つの偏光方向で2つの異なる屈折率を感じる」と言いました。
そうでした。
その2つの屈折率を\(n_f\)、\(n_s\)(\(>n_f\))とすると、光の速度は\(n_f\)を感じている方で相対的に速くなっているはずです。
確かに。
この方向を進相軸と呼びます。
ということは、もう一方は遅相軸ですね。
進相軸の向きは、必ずしも入射する光の偏光方向と一致しているわけではありません。


図8.方位θの定義
それどころか、応力複屈折があれば、光の入射する位置ごとに、進相軸の向きはバラバラになってますよね。
そこで、進相軸と\(x\)軸のなす角を\(\theta\)と置きましょう。
何か、厭な予感がしてきました…。
先ほど\(\Delta l\)の定義を説明しましたが、光学の議論で重要なのは寧ろ位相\(\varepsilon\)の方です。位相への変換方法は覚えてますか??
う〜ん。う〜ん。う〜ん。確か…、光路長に\(\cfrac{2 \pi}{\lambda}\)(\(\lambda\):波長)を掛けるんじゃなかったでしたっけ??
そうです。つまり、
\[ \varepsilon = \frac{2 {\pi}}{\lambda} {\times} {\Delta} l \] ですね。このとき、レンズから出射した光のJonesベクトルは、次のように表されます。
\[ \begin{align*} \left( \begin{array}{c} J_x \\ J_y \end{array} \right) = \left( \begin{array}{cc} \cos {\theta} & -\sin {\theta} \\ \sin {\theta} & \cos {\theta} \end{array} \right) \left( \begin{array}{cc} \mathrm{e}^{ i \varepsilon } & 0 \\ 0 & 1 \end{array} \right) \left( \begin{array}{cc} \cos {\theta} & \sin {\theta} \\ -\sin {\theta} & \cos {\theta} \end{array} \right) \left( \begin{array}{c} 0 \\ 1 \end{array} \right) \end{align*} \]
教授。立ち眩みが…。厭な予感…、的中…。
別に、この数式を理解することが目的ではありません。重要なのは、入射した光と出射した光で、Jonesベクトルが異なるということです。
\[ \begin{align*} \left( \begin{array}{c} J_x \\ J_y \end{array} \right) \neq \left( \begin{array}{c} 0 \\ 1 \end{array} \right) \end{align*} \]
これだけ複雑な計算をしたら、そりゃ違うに決まってますよ〜。
そして、もう1つ重要なのは、その違い方が波長によって異なるということです。


図9.旋光の様子
\(\left( J_x, J_y \right)\)が波長の関数になってますからね。
とすると、更にその後ろに直線偏光子を置いたら、どうなると思いますか??
ムムム。図9に2枚目の直線偏光子を重ねてみればいいのか。


図10.2枚目の直線偏光子を抜ける成分

波長によってJonesベクトルが違うから、直線偏光子を抜けていく光の量も波長によって異なるんですね。
そういうことです。しかも、同じ波長でも、光の入射する位置によってレンズの応力複屈折が異なるので、Jonesベクトルが違ってきます。だから、2枚目の直線偏光子を抜けていく際に、赤色の波長成分が多ければ赤色に、青色の波長成分が多ければ青色に色づくわけです。
なるほど。
この原理を理解すると、面白いscience artができますよ。
え??そっちの方が楽しそう〜。
複屈折を有している身近な材料は何だと思います??
え??そんなこと、考えたこともないですよ。
実はセロハンテープがそうなんです。
へ〜。知りませんでした。
セロハンテープをレンズの代わりにして、直線偏光子で挟むと、同じ原理でセロハンテープが色づいて見えます。
ん??とすると、レンズから出射した光のJonesベクトルは、セロハンテープの厚さの関数でもあるから、2枚目の直線偏光子をすり抜ける波長を制御できそうですね。
そのとおりです。試行錯誤は必要ですが、任意の個所で所望の色になるように、セロハンテープの厚さを設計できるのです。そうすると、こんなscience artが―。


図11.セロハンテープを利用したscience art
わぁ。綺麗ですねぇ。これ、セロハンテープだけで作れるんですか??
はい。普段は厄介者の複屈折ですが、上手く利用すると、こんな乙な演出も見せてくれるんです。

〜そして、多波長へ〜
教授。この色づきは、2枚目の直線偏光子を抜けていく光の量が波長によって異なるから発生するんですよね??
そうです。
そうすると、図5と等価なシステムだったら、白色光を入射しても、途中の光学素子に応力複屈折があると、色づいて見えてしまうわけですね??
そうですね。例えば、2枚目の直線偏光子をガラスのような誘電体に変えて、その反射光を観察しても同じことが言えます。特に、光の入射角をBrewster角に設定すると、殆ど同じ結果になるでしょう。
Brewster角??
\(p\)偏光の反射率が\(0\)になる入射角の特異点です。光が媒質1(屈折率\(n_1\))から媒質2(屈折率\(n_2\))へ抜けていくとき、
\[ \tan {\psi} _{\rm B} = \frac { n_2 }{ n_1 } \] と定義されます。
\(p\)偏光??
誘電体への入射光線と、誘電体の法線によって張られる平面に対して、その平面内で振動する偏光のことを\(p\)偏光と言います。その平面に対して垂直に振動する偏光は\(s\)偏光です。


図12.\(p\)偏光と\(s\)偏光

入射角がBrewster角\(\psi_{\rm B}\)のとき、反射光線は\(s\)偏光のみになります。
そうか。ある特定の方向の偏光方向しか反射させないから、直線偏光子の反射バージョンってわけですね。
そうです。更に、等価なシステムという見方からすると、半導体レーザを使えば、白色照明装置も1枚目の直線偏光子も不要になります。
え??どうして??
半導体レーザから出るビームは、直線偏光子なんかなくても直線偏光だからです。
そうすると、1枚目の直線偏光子で特定の方向の直線偏光だけ選択させた状況は、偏光の方向を揃えるように設定した、いろんな波長の半導体レーザからのビーム群と同じなんですか??
そういうことです。尤も、光の三原色から考えると、赤と緑と青の半導体レーザがあれば、殆どの色を生成することができます。


図13.光の三原色
じゃぁ、白色照明装置の代わりに、例えば3色の半導体レーザを合成させて白色を作ったとしますよね。でも、途中の光学素子が応力複屈折を持っていたら、反射板(誘電体)を経由した色は白色じゃなくなっちゃうわけですね??


図14.反射板を使った等価系
そうなりますね。図14のような光学系はHUD(head up display)で採用されていますよ。車のフロントウィンドウが、反射板の役割をしています。


図15.HUDの基本原理
応力複屈折を持ちそうで、でも、持っていると光学性能上、好ましくない光学素子というのは??
例えば、拡散板がそうですね。
でも、このときに考えないといけないのは、応力複屈折公差で定義されている\(\Delta l\)だけじゃダメですよね??その光学素子から出射した光のJonesベクトルがどうなっているかが重要だとすると、方位\(\theta\)もケアする必要があると思いますけど。
鋭いですね。そうなんです。特に色ずれに着目したときの公差としては、位相差\(\varepsilon\)だけでは不足しています。つまり、この要目表だけでは、設計者の意図が伝えられないということなんですよ。
だったら、どうやって意図を伝えるんですか??
結局、いまのルールでは、その不備については注記で補足するしかないのです。
そっか。もし、こういう光学系が当たり前の世の中になってきたら、時代の趨勢に合わせて製図のルールも変えないといけないんですね。
そういうことです。なので、光学製図は技術の進歩がある限り、変わっていかざるを得ない。これは、ある意味、宿命みたいなものなんです。

〜JOGISの場合〜
教授。このJOGISって何ですか??
JOGISとは、日本光学硝子工業規格(Japanese Optical Glass Industrial Standards)で定めている光学ガラスに関する規格です。
JIS以外にも規格があるんですね。
はい。
でも、規格であるからには、これも時代とともに変わる可能性ありますよね??
ですので、このシリーズでは深入りしません。こういう規格もあるよ、ということに留めておきます。
無用な混乱を招くだけですしね。
応力複屈折公差については、この辺にしておきましょう。


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