光学図面の基礎(5)

〜不均一性と脈理の等級〜
脈理??
初めて聞きますか??
初めてですね。
ここで指している不均一性というのは"屈折率の不均一性"のことです。そして脈理とは、その不均一性が筋(ひも)状(特にガラスが粘土るつぼ溶融方法で作られる場合に現れやすい)、或いは帯状(特にガラスがタンク溶融方法で作られる場合に現れやすい)になっているものの総称です。


図1.脈理
これ、表面がザラザラしているんじゃないんですか??
違います。内部の欠陥ですよ。
あ〜。分厚いガラス瓶なんかで、よく見るかも…。
それです。それが脈理です。
これって、どうして発生するんですか??
屈折率の不均一性は、基本的に密度の不均一性と同義です。屈折率と密度の間にはLorentz-Lorenzの式という密接な関係があるためです。密度の不均一性の最大の要因は、ガラス精製工程や樹脂の成型工程の温度管理エラーに尽きます。
あ。そうすると、ガラスレンズの場合は、泡と異物の公差と同じように、材料選定の基準として図面に指示された公差を利用するわけですね??
そうですね。
このコード番号は2か…。で、何を書けばいいんですか??


図2.要目表(再掲)
例えば、
 2 / 2 ; 2
というように、「不均一性の等級」と「脈理の等級」をこの順番に記載します。
等級??
まず、不均一性の等級ですが、次のようになっています。

等級 部品内の最大許容屈折率変化量[×10-6]
0 ±50
1 ±20
2 ±5
3 ±2
4 ±1
5 ±0.5
さっきの例だと、等級2だから±5×10-6ですね。通常の屈折率公差が±5×10-4だから、屈折率公差の1%くらいの不均一性を許容している計算か…。
緩やかな不均一性としては妥当なところだと思います。我々の扱っている光学素子は、たいていその数値が入っているはずです。
で、脈理の等級番号は??
こうですね。

等級 少なくとも30nmの光路差を生じる脈理の密度[%]
1 ≦10
2 ≦5
3 ≦2
4 ≦1

実際は、等級5というのがありますが、この等級を使うことはほぼないので、省略しました。
ん??密度??
光学素子を通る光路に垂直な投影面を考え、「光学的有効範囲(光学的有効径)の面積に対する脈理の実効投影面積の比」と定義されています。
え〜。それって密度って言います??
違和感があるかもしれませんが、しょうがないです。
教授。光路差って書いてあるけど、サンプルの厚さが規定されてませんよ??
そうですね。不均一性を\(\Delta n\)とした場合、光路長差\(\Delta s\)は、サンプルの厚さを\(t\)として、
\[ \Delta s = \Delta n \times t \] で表されるので、サンプルの厚さを決めてあげないと、\(\Delta n\)の大きさが分かりません。
困りますね。
この場合は、運用上、実際のレンズの厚さを使うしかないでしょう。
そうすると、硝材の選定で不都合が起こりませんか??
硝材メーカーは基本的にJOGISを使っています。JOGISでは、\(t\)=50mmを推奨してますね。
すべてのレンズの肉厚が50mmってわけじゃないです。
しかし、50mmの肉厚と言ったら、かなりの大きさのレンズですよ。\(\Delta n\)と\(t\)の関係は反比例なので、厚い方で脈理を管理しておけば、実際にレンズに加工されたときに問題となることはないと考えられます。
なるほど。そういう考え方もありますね。\(t\)=50mmとすると、\(\Delta n\)=6×10-7か…。不均一性よりも1桁厳しくなってますね。
局所的な屈折率変化としては、やはり妥当なところだと思います。
等級2ということは、そういう脈理が光学的有効範囲の5%以下でないといけないわけですね。
そういうことになります。

〜樹脂レンズの脈理〜
教授。ガラスは硝材メーカーで不均一性と脈理を管理してくれるけど、樹脂レンズの場合は、そういうわけにもいかないですよね??
そうですね。いったんペレット樹脂を融解して型に流し込みますからね。なので、成型における温度管理が非常に重要になります。
射出成型で温度管理するのは当たり前では??
ええ。ですから、樹脂レンズで脈理が発生することは殆どないと考えてよいと思います。個人的な経験でも、脈理が問題になったのは一度しかありません。
へぇ。それは、どういう経緯だったんですか??
ある機種で、量産から10年くらいして突然、ビームスポット径不良による歩留まり低下が発生するという事態に陥りました。
いろいろ解析した結果、その原因が脈理であることを突き止めたんです。


図3.樹脂レンズの脈理の様子(左:NG品、右:OK品)

これは、レンズの中心から20mm離れたところの内部の様子を捉えた写真です。
NG品の方で、縦筋のようなものが見えますね。
それが脈理です。
これ、どうやって撮影したんですか??
このレンズの材質はポリカーボネートですが、それとほぼ同じ屈折率を持つ液体(マッチング液)にレンズを浸して撮影しています。こうすると、脈理による屈折率の不均一な部分が視認しやすくなるのです。
目視では難しい??
いえ。光の加減を上手く調整すると、意外とよく見えます。写真で撮影するのは苦しいですが。
そうすると、外観検査でNG品を弾けそうですね。
そのとおりです。ただ、さっきも言ったように、樹脂レンズで脈理が問題となるケースは極めて稀です。なので、不問という扱い方をしているケースもあります。
不問??その場合、この公差はどう表記すればいいんですか??
両方とも不要なときは、
 2 / ― ; ―
で大丈夫です。片方だけ必要な場合は、そちらの方は等級を記載し、もう一方は"―"としておきます。

〜意外と身近な不均一性〜
それにしても、脈理ってピンとこない言葉ですね。
そうですね。光学図面でしか見かけないと思います。一般にはシュリーレン現象と言うんじゃないですかね??
シュリーレン??
ドイツ語で"むら"のことです。
余計、ピンとこないですけど…。
名称に惑わされてはダメですよ。現象そのものは比較的よく見られるんですから。そうですね〜。例えば、角砂糖を水の中に吊るして観察すると、水がモヤモヤ揺らいで見えますよね??


これがシュリーレン現象です。
はいはい。小学校の理科の授業で、観察したことありますよ。
これは、角砂糖が溶けて、局所的に密度が変化している様子が可視化されたものと考えることができます。
教授。夏の暑いときに、車のボンネット越しに向こう側の景色を見ると、ユラユラ揺れているように見えることがありますけど、あれもシュリーレン現象ですか??
そうですね。それも、熱による空気の屈折率差が原因です。陽炎かげろうってやつですね。

空気の屈折率差??ということは、蜃気楼もシュリーレン現象ですか??
屈折率の不均一性が原因という意味では同じ仲間ですが、シュリーレン現象は局所的な屈折率の急激な変化を指しているので、蜃気楼の説明には使わないですね。
そうなんですか??
蜃気楼は、もっと緩やかな屈折率の変化のときに生じる現象です。

不思議ですよねぇ。この動画(6秒くらい後)だと、下にあった建物がバーコードみたいに伸びた感じに見えますね〜。
はい。こういうタイプは上位蜃気楼と言いますね。
じゃぁ、蜃気楼はどうして発生するんですか??
例えば、何らかの原因で空気の下層部が暖かく、上層部が冷たくなったとしましょう。


図4.蜃気楼の発生メカニズム(1)

そうすると、正常に真っすぐ目に届く光と、この温度差によって生じる空気の屈折率差により曲がって目に届く光の2つが混在するようになります。これが蜃気楼のメカニズムですね。
う〜ん。何となく分かるんですけど…。何だか違和感がありますね。
ほぉ。どこに違和感を覚えますか??
上から下に向かって緩やかに屈折率が変わるわけですよね。その変化は図4の場合、単調減少だと思うんです。そうすると、いつまで経っても、樹木の像が目に届かないように思えるんですけど??


図5.蜃気楼の疑問
なかなかの着眼点ですね。そうなんです。蜃気楼の説明を読むと、先ほどの内容で済ませているケースが殆どです。でも、これだけでは蜃気楼のメカニズムは説明できません。1つ、重要な光学原理が抜けているんですよ。
やっぱり。
それは、全反射という現象です。
全反射??
屈折率\(n_1\)の媒質から屈折率\(n_2\)の媒質へ入射した光線は、その境界面で反射と屈折を生じます。


図6.Snellの法則(\(n_1>n_2\)の場合)

このとき、入射角\(\theta_1\)と屈折角\(\theta_2\)は次のSnellの公式を満たします。
\[ n_1 \sin \theta _1 = n_2 \sin \theta _2 \]
そのくらいは覚えてます。
ここで、\(n_1>n_2\)としましょう。更に、Snellの公式を次のように変形しておきます。
\[ \sin \theta _2 = \frac{n_1}{n_2} \sin \theta _1 \] そうすると、まず\(\cfrac{n_1}{n_2}>1\)ですよね??
そうですね。
また、\(0\le \sin \theta_1 \le 1\)ですよね??
そうですね。ん??そうすると、\(\sin \theta_2\)が1を超えることがあり得るってことですか??
しかし、数学的には計算できません。そこで、このような状況を物理学的には、
\[ \theta _C = \sin ^{-1} \frac{n_2}{n_1} \] よりも大きな入射角\(\theta_1\)では屈折光線が存在できない、と解釈するのです。この現象を全反射と呼び、この入射角\(\theta_C\)を臨界角と言います。
なるほど。臨界角\(\theta_C\)を超えると、入射光線のすべてが反射するわけですね。
さて、蜃気楼の説明に戻りましょう。図4の例だと、確かに屈折率は下から上に向かって単調増加(…\(>n_{p-4}>n_{p-3}>n_{p-2}>n_{p-1}>n_{p}>n_{p+1}>\)…)しているんですが、


図7.蜃気楼の発生メカニズム(2)

その境界面で次々とSnellの法則に従い屈折を繰り返し、どこかの境界面で全反射を起こします。
そうか。そこで光線が折り返されて、目に届くわけですね。
はい。
図4とは逆に、下から上に向かって屈折率が単調減少するケースもありますよね??
その場合は、下位蜃気楼という現象になります。他にも極めてレアケースですが、鏡映蜃気楼という現象も起こったりします。興味があれば調べてみるといいですよ。
蜃気楼って、どこへ行けば見られるんですか??
日本だと富山県魚津市が有名ですが、北海道の知床や、茨城県の九十九里でも観測例がありますね。蜃気楼は、沈む夕日とコラボレーションすると、こんな幻想的な四角い太陽を形成することもあります。

これは神秘的ですね〜。
不均一性と脈理の等級については、この辺にしておきましょう。


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