光学図面の基礎(9)

〜機能的コーティングと保護的表面処理〜
やっと最後ですね。これのコード番号は…。あれ??ない??


図1.要目表(再掲)
代わりに、λを○で囲った記号が使われます。
機能的コーティング保護的表面処理、とありますが??
機能的コーティングは、反射防止膜(ARコーティング)が代表的なものですが、他にもアルミコーティングのような反射膜、ダイクロイックプリズムで使われる波長選択膜、PBSで使われる偏光選択膜などがあります。
一方、保護的表面処理は、フレア防止の塗装や、破壊や腐食などを防止する保護膜などを指します。
このうち、要目表に記載するのは機能的コーティングのみです。
え〜。じゃぁ、保護的表面処理はどうやって指示するんですか??
図面に指示します。保護的表面処理は、光学的有効径(有効範囲)よりも外側に施すのが普通ですし、しかもコバ部分にも処理しないといけないケースが多いですから、要目表で指示するより合理的なんですよ。
コバ??風水の人??
それはDr.コパ。コバというのは、レンズの縁周りのことです。
日本語ですか??
元々は木工用語で"木端"と書きます。側面のことを意味します。


図2.木端
なるほど。
保護的表面処理は、面に隣接して太い一点長鎖線で表示します。図3のような感じですね。


図3.保護的表面処理の表示例
外形の寸法が48って書いてありますけど、それは表面処理する前の寸法ですか??それとも、後??
後ですね。もし、表面処理前の寸法を指示したければ、その旨を図面に指定しなければなりません。
ふむふむ。
問題は機能的コーティングの方です。
う〜ん。こっちの方は、多波長の場合とか、入射角の指定とか、偏光状態の指定とか、いろいろ面倒そうですね。
はい。よくよく考えると、要目表で指示することが土台、無理なんです。
だいたい、ARコーティングってレンズの透過率をupさせたいから施すんですよね??だったら、コーティングの波長範囲と透過率だけ指示しておけば、充分のような気もしますが??
そういう記載方法もあります。その場合は注記で、
 λ=○±○nmで透過率○%以上
とか、
 λ=○±○nm、λ=△±△nm、λ=□±□nmで透過率○%以上
と指示しますね。ミラーの反射膜も同じです。
反射膜だと、偏光とか入射角とか気になりますね??
それも注記で指示します。もちろん、レンズや他の光学素子でも、偏光依存性や入射角依存性のあるものは、その旨を指示しないといけません。
そういうふうになってくると、ますます要目表が不要ですね…。
要目表で指示した方がスマートな方法もあるにはあるんですよ。
あるんですか??
例えば、反射防止を単層膜で実現しようとした場合、MgF2がよく使用されますが、そのときには、
 マゼンタ 508±20 \(\phi\)6.25
というように指示します。
マゼンタ??
MgF2で、どの波長帯域の光の透過率をupさせたいかを指示する呼称です。なので、この指示方法を呼称法と言います。マゼンタということは、488〜528nmの波長帯域の光の透過率をMgF2でupしたい、という意味になり、そのピークを508±20nmに持ってくるように指示していることになります。
ということは、透過率をupしたい波長帯域が変わると、呼称も変わるわけですね??
その対応は、次のようになっています。

呼称 透過率upしたい波長帯域[nm]
イエロー 400〜448
オレンジ 448〜488
マゼンタ 488〜528
パープル 528〜600
ブルー 600〜720
う〜ん。何か、これ覚えるの面倒だし、もっと簡単に、
 単層コート 508±20 \(\phi\)6.25
って書いた方が楽じゃないですか??
確かに、そういう考え方もありますが、それだと透過率を指示しないといけませんよ??
そんなの、透過率99±1%とかって書いておけば済むのでは??
残念ながら、単層膜でその透過率を実現することは理論的に難しいですね。つまり、単層膜の素材と、どの波長で透過率をピークにしたいかという情報から、実現できる透過率が一義的に決まってしまうのです。
う〜ん。そしたら、
 MgF2 508±20 \(\phi\)6.25
でも問題ないような気が…。
なるほど。しかし、思い出してください。図面は測定方法も指示するのです。マゼンタと指示したということは、それなりの意味があるということになります。
ムム。言っていることは分かりますが、マゼンタと指示したことで、どんなことを求めているかが分かりません。
先ほど、「マゼンタ = 488〜528nmの波長帯域の光の透過率をMgF2でupしたい」という意味だと言いました。
そうでしたね。
可視光領域は380〜780nmですが、488〜528nmの波長帯域の光の透過率をupさせたら、それ以外の光はどうなると思います??
反射か吸収されると思います。
どっちが支配的でしょう??
そりゃぁ、反射じゃないですか??
ということは、380〜487nmと529〜780nmの波長帯域の光が反射されるわけです。
ん??そうすると、コーティングされた部分は、その光の混ざったものとして色づいて見えるってこと??
そのとおりです。380〜487nmは青っぽい領域、529〜780nmは赤っぽい領域ですから、その2つを混ぜると何色になるでしょう??
前にやった光の三原色から考えるとピンク色ですね。
つまり、マゼンタですよ。
おっ!!そうか。コーティングの色を見てマゼンタだったら合格ってことになるんですね??
はい。つまり、設計者はそのような評価方法でも問題ないということを図面を通じて指示していることになるわけです。
でもな〜。その透過率が本当に508nmでピークになっているかどうかは、見ただけで分かりませんよね??
しかし、薄膜は非常に厳密な管理環境下で形成されますし、余程のことがなければ間違いの起こる可能性は低い。とすれば、やはりコストバランスの観点から、最低限のチェックをしておけばOKという考え方になるのは当然です。
なるほど。呼称法については、確かに要目表で指示した方が見やすくて、いいかもしれませんね。
2つ目の指示方法は、すでに登場した数値法です。
注記でコーティングの範囲と透過率を指示する方法ですね??
ただ、この方法では波長に依存して透過率が変わるような光学素子については、上手く指示できません。
強引にやろうとすると、説明がくどくなりそうですね。
そのうえ、間違いを誘発しやすくなります。そこで登場するのが、3番目の指示方法の図示法です。


図4.図示法
なるほど。分光特性をグラフで指示するわけですね??
こうすれば設計者の意図は確実に伝えられます。
図4の縦軸はTと書いてあるけど、透過率という理解でいいんですか??
OKです。JISでは、透過率は\(\tau\)かTで、反射率は\(\rho\)かRで、吸収率は\(\alpha\)かAで指示することがルール化されています。
教授。コーティングの材質を指定することはないんですか??
先ほどの単層膜のケースでは実質的にMgF2を指定していることになりますが、殆どのケースでは指定しないと思います。ただ、誘電体多層膜のみ(金属薄膜層は使用しない)の構成にするとか、ヤケを防止するために第1層はアルミナ層にするとか、その程度の指示はあり得ますね。
入射角については、絶対に指示しないとダメですよね??
いえ。入射角0°は煩わしいので記載しません。
教授。要目表に"マルチ"って記載している図面がありますけど??
それは、マルチコートを施すことを指示しています。
でも、単層膜じゃなきゃマルチコートになるのって当たり前では??
そうですね。しかし、将来的には"マルチ"という指定は必要になるかもしれませんよ。
なぜですか??
マルチコート以外で透過率を制御する技術が存在するからです。

〜例外だらけの光学素子たち〜
それは、どんな技術なんですか??
代表的なのはSWS(sub wavelength structure)と呼ばれる微細構造です。
ん〜と。それは、レンズ表面に微細構造を付与するってこと??
そうです。図5のようなパターンをレンズ表面に付与するのです。


図5.SWS
これでコーティングと同じ機能が得られるんですか??
得られます。なので、マルチコートであることを指示しておけば、罷り間違ってもSWSを付与されることはありません。
う〜ん。取り越し苦労のような気もしますけど…。じゃぁ、逆にSWSを付与するときは、どうやって指示するのが正解ですか??
なかなか痛いところを突く質問ですね。
どういたしまして。
基本的には、溝の深さ、溝の幅、溝のピッチを図面で指示しますが、これはこれで問題を孕んでいます。
あ〜。何となく読めてきましたよ。図面で寸法を指示したということは、それを測定することを要求していることになるけど、サブ波長のレンジで測定する装置がないんじゃないんですか??
そうですね。1つ目の問題はそれです。もう1つは、夥しい数の微細構造を相手に測定する手段がないことです。
う〜ん。そうすると、光学性能で評価するしかないんじゃないですか??
解決方法としては、それがあります。例えば、型を設計するときの指標として寸法公差を使い、成型されたレンズについては光学性能で保証する、という方法が確かに現実的でしょう。
でも、こういう特殊なレンズを製図するときは、注記のon paradeになりそうですね…。
今や、JISのルールで収まらない光学素子の方が寧ろ多いでしょう。なので、作図の部分はほんの僅かで、注記でいっぱいになっている図面も、当たり前の世の中になっています。
字ばっかりの図面なんて、殆ど耳なし芳一ですね…。
同じSWSで構造がパターン化されている回折光学素子(DOE)の場合は、光学性能だけで機能を保証するのが難しいので、更に厄介です。


図6.DOE
どうしてですか??
DOEの機能の1つに焦点距離の温度補償があります。一般的な屈折レンズの場合は、温度が上昇すると焦点距離が伸びるんですが、DOEには焦点距離を短くする作用があり、上手く設計すると、温度変動に対して焦点距離を変えないようにすることができるわけです。
とすると、光学性能は温度変化させないと評価できない??
そこです。量産工程の中で、温度変化における性能を評価するのは、あまりにも非常識です。となると、DOEは形状で品質を保証する以外に道がなくなります。
でも、DOEだって、かなりの輪帯を持っていると思いますけど??
はい。そのすべての輪帯を評価対象にするわけにはいきません。そこで、代表的な2つの輪帯を抽出し、その輪帯の直径で光学性能を担保するといった苦肉の策を採らざるを得ないでしょう。
なかなか難しい問題ですね…。
他に、MLA(micro-lens array)で構成された拡散板も、特殊レンズの1つです。


図7.MLA
1つ1つのマイクロレンズは周期的に配列されているんですか??
配列そのものは周期的ですが、マイクロレンズの頂点の配列はランダムになってます。
え〜。そんなランダムなもの、どうやって評価するんですか??
部分的にマイクロレンズの頂点位置を測定することができても、それらがランダムであることを証明するためには、そこそこの数を測定しないといけません。まぁ、やってやれないことはないでしょうが、実質的には不可能と見るべきでしょう。
どうして、そんな奇妙な設計になっているんですか??
ビームを走査するパターンが周期的なので、MLAも周期性を持たせてしまうと、モアレ画像が出現するんですよ。
その回避策としてランダムパターンですか…。そうすると、やっぱり光学性能で評価するしかないわけですね。
ビームの進む向きを制御する液晶素子の図面に至っては、メカ図面なのか、エレキ図面なのか、光学図面なのかすら判然としない代物です。
液晶素子でビームの進む向きを制御できますか??
簡単に言うと、電圧差で屈折率の勾配を作るんです。そうすると見かけ上、ウェッジ型プリズムと同じ機能を得ることができます。
電気で制御するからエレキ図面でもあるわけか…。
こんな具合に、JISのルールの枠組みで語れない光学素子は、これからもどんどん登場してくるでしょう。
そのスピードに、ISOとかJISが追い付けるとは思えないですけど??
そうですね。多くの人が絡んでくれば、いろいろな思惑もあるしで、そう簡単には標準化できないでしょうね。
今後、どう改定されていくかは、ウォッチングしていかないといけませんね。

〜粗さに潜む危険〜
今回で、このシリーズは最後なので、粗さについて少し言及しておきます。
Raってやつですね??
そうです。粗さは、たくさんの定義がありますが、それについてはこういうサイトがあるので、参照してください。
それよりも、粗さの感覚を知っておいた方がいい、という話です。
どのくらいザラザラしているか、という手触り感ってことですか??
そうです。


図8.Raのサンプル(左から実測値で、1.2、4.1、29.5、46.7)

図8はRaのサンプルですが、数値と見た目は少なくとも対応づけておいた方がいいです。
う〜ん。それを強調する意図は何ですか??
例えば、図面にRa25と指定した場合に、加工区によってはRa25を狙って仕上げるのではなく、より粗さの小さい加工をするケースがあります。Ra25より小さければ問題ないわけですから、加工区のやりやすい粗さで仕上げてきても不思議はありません。
結構なことじゃないですか。
だから、そのこと自体はいいんです。しかし、それを受け取った設計区が、Ra6.3の仕上がりを見て「これがRa25だ」と勘違いするのがマズいのです。
ムムム。そうか…。その齟齬は解消されないですもんね。勘違いしたまま次の図面を引いたら―。
ひょっとすると、大きなFコストが発生するかもしれません。
それは怖いですね。
なので、Raの感覚を知っておくことは重要なのです。
教授。この講座、JISが変わったらどうするんですか??
実に悩ましい問題です。変更点があまりにも多ければ、面倒になって廃講にするかもしれませんし。
う〜ん。つまんない内容なら、それでもいいです。
その問題は、直面したときに再び考えることにします。
そのときまでに教授の腕が上がっていることを期待しま〜す。


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