3.3 定在波

〜定在波〜
\(x\)方向に進行する波動\(u_1\)が、ある地点で反射したとしましょう。 \[ u_1 = A \exp \big[ i \left( k x - \omega t + \phi_1 \right) \big] \tag{3.3.1} \] 反射した波動\(u_2\)はどう書けますか??
向きが逆になるだけだから、 \[ u_2 = A \exp \big[ i \left( -k x - \omega t + \phi_2 \right) \big] \tag{3.3.2} \] ですね。
この2つの波動はいずれ重なり合います。計算しやすいように、少し仕掛けをしておきましょう。 \[ \begin{align*} u_1 &= A \exp \big[ i \left( k x - \omega t + \phi_1 \right) \big] \\ &= A \exp \left[ i \left( k x - \omega t + \frac{ \phi_1 + \phi_2}{2} + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] \\ &= A \exp \left[ i \left( k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] \exp \left[ i \left( \frac{ \phi_1 + \phi_2}{2} - \omega t \right) \right] \tag{3.3.3} \end{align*} \] \[ \begin{align*} u_2 &= A \exp \big[ i \left( -k x - \omega t + \phi_2 \right) \big] \\ &= A \exp \left[ i \left( -k x - \omega t + \frac{ \phi _1 + \phi_2}{2} - \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] \\ &= A \exp \left[ -i \left( k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] \exp \left[ i \left( \frac{ \phi_1 + \phi_2}{2} - \omega t \right) \right] \tag{3.3.4} \end{align*} \]
そうすると、合成波は、 \[ \begin{align*} u &= u_1 + u_2 \\ &= A \exp \left[ i \left( \frac{ \phi_1 + \phi_2}{2} - \omega t \right) \right] \\ & \quad \quad \quad \times \left\{ \exp \left[ i \left( k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] + \exp \left[ -i \left( k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \right] \right\} \\ &= 2A \exp \left[ i \left( \frac{ \phi_1 + \phi_2}{2} - \omega t \right) \right] \cos \left( k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} \right) \tag{3.3.5} \end{align*} \] になりますね。
この合成波は、\(m\)を整数として、 \[ k x + \frac{ \phi_1 - \phi_2}{2} = \left( m + \frac{1}{2} \right) \pi \tag{3.3.6} \] を満足する\(x\)において常に振幅が0になります。


図3.3.1 定在波
何か、波動が進んでいるように見えないですね。
ですから、このような波動は定在波と言います。
入射波と反射波が重なると、こうなっちゃうんですか??
なっちゃいますね。

そうするとエネルギーの移動も起こらない??
そうですね。あえて言うと、エネルギーは振動している媒質に閉じ込められている、ということになります。ちなみに、振幅が\(0\)となっている部分を、最も振幅が大きくなる部分をと言います。
放っておけば勝手に減衰しますよね。
逆に、何らかの方法でエネルギーが注ぎ込まれると、振動はどんどん成長していきます。だから、この定在波は、いろいろと厄介な問題を引き起こすんですよ。
厄介な問題??
どんな物体でも、振動しやすいモードというのがあって、これを固有振動と言うんですが、外部から固有振動と一致する刺激を与えてやると、共振現象を引き起こすのです。
よく、マイクとスピーカーを近づけるとハウリングが発生するけど、それ??
ハウリングはフィードバックの一種なので、ちょっと違うんですが、まぁ似たようなものですかね。それよりも、日光東照宮の鳴き龍の方が近いかもしれないです。


図3.3.2 鳴き龍
あ〜、あれか。
例えば、この映像は、ガラスのコップの固有振動と同じ振動数の音をスピーカーから流すことで共振現象を起こしているんですが、スピーカーからエネルギーが与えられ続けるので、コップの強度が共振エネルギーを支えきれずに、最終的には破壊されます。

お、凄い!!
当然、声をコントロールして、コップの固有振動と合わせても、コップを破壊することができます。

超能力だ!!

〜タコマ橋はなぜ落ちたのか??〜
これは、タコマ橋の崩壊を記録した有名な映像ですが、海からの横風が渦を発生させ、その振動数がタコマ橋の捩れの固有振動と一致したため、共振エネルギーが増幅したのが、崩壊の原因です。

衝撃映像ですね!!
この橋は、できた当初からよく揺れる、というので、ワシントン大学の研究チームがたまたま記録を撮っていたんですが、その最中に本当に崩落してしまったのです。
偶然にしては恐ろしい光景…。
できてわずか4週間後のことだったそうです。
横風の渦がタコマ橋を揺らしたってことですけど??
振動は大きく分けて2つに分類できます。1つは自由振動というもので、これはひとたび振動を与えると、あとは勝手にその運動を継続するようなケースを指します。
振り子みたいなイメージ??

そうです。バネ振動も典型的な例として挙げられるでしょう。もう1つは、振動する系に外部から刺激を与えないと、振動が継続しないようなケースです。このケースは更に2つに分類できます。1つは、駆動系が周期的なもので、これを強制振動と言います。
ブランコ??

具体例の1つと言えますね。もう1つが、駆動系が非周期的なもので、これを自励振動と言います。航空機翼のフラッター現象や、ヴァイオリンの音の発生メカニズムがそうですね。この動画は、ヴァイオリンの演奏を1/64にスロー再生したものです。

あ〜、そうか。弦を1方向に動かしても音が鳴るから、非周期的な刺激ってことですね。
タコマ橋を崩落させた外部刺激も、一方向から吹いている海風ですから、自励振動の一種です。
でも、海風と自励振動は直結しないですけど??
そこを繋ぐメカニズムがあります。それがKármán渦列と呼ばれているものです。


Kármán渦列は非常に身近な物理現象(論文)なんですが、この渦パターンは、流体の粘性によって変わってくることが知られています。この動画は、徐々に粘性を大きくしていったときの渦の様子をシミュレーションしたものです。


Theodore von Kármán(1881〜1963)
確かに、7秒からの様子が違いますね。
粘性はReynolds数\(R_e\)と呼ばれる指標(論文)で表現されるんですが、粘性が低い(\(5 < R_e <40\))と障害物を周り込むような渦が発生し、粘性が高く(\(40 < R_e < 150\))なってくると交互に渦が発生するようになります。


Osborne Reynolds(1842〜1912)
ふむふむ。
この渦は、上側が時計回り、下側が反時計回りで、しかも周期的に発生することが特徴で、この周期的な渦列によって、障害物にも定常的な振動が励起されるのです。


図3.3.3 Kármán渦列
なるほど。そこで自励振動が登場するわけですね。
経験的にその周波数\(f\)は、 \[ f = {\rm St} \frac{v}{d} \tag{3.3.7} \] というふうに定式化できることが知られています。\({\rm St}\)はStrouhal数と呼ばれ、\({\rm St}=0.22\)が使われ(論文)ますね。


Vincenc Strouhal(1850〜1922)

この励起された振動と、障害物の固有振動数が一致すると共振が起こり、タコマ橋のような崩落事故まで引き起こすということになるわけです。

〜定在波の呪い〜
そう言えば、バンディング(筋画像、濃淡不均一画像)も周期的な振動が原因でしたよね??


図3.3.4 バンディング画像
それこそ、定在波の呪いの最たるものですね。LSUは、ほぼ例外なく中心部にポリゴン・ミラーがあって、これが高速で回転しているため、振動の発生源になっています。


図3.3.5 LSUの折返しミラー

この振動数が、折返しミラーの固有振動と一致すると、折返しミラーが振動し、これがバンディングを発生させるのです。
駆動源は他にもあるから、実際は何が折返しミラーを振動させているか解明するのは大変そうですね。
今は、解析シミュレーターが発達しているので、設計の段階で折返しミラーの固有モードを計算し、共振現象が起きないような工夫を事前に検討することができるようになっています。
固有モードが計算できれば、それと一致する周波数を持つ駆動源を探索すればいいのか。
定在波の問題は、この程度ならまだ救いがありますが、人命にかかわる問題に発展することもあります。
まぁ、巨大な橋が崩落するくらいですからね…。
例えば、たいていの電車には横揺れしやすい固有振動数があって、新幹線の場合だと1Hz〜1.5Hzで最も揺れやすいと言われています。


図3.3.6 N700系

新幹線は時速200km〜300kmで走ってますから、波長40m〜80mの歪みがレールにあると、それがちょうど横揺れ周波数と一致するので、場合によっては脱線事故に繋がります。
大惨事になりますね。でも、新幹線って、今まで脱線とか転覆による旅客死亡事故はないのでは??
はい。そういう事態を招かないよう、新幹線のレールは波長:40mの歪みの振幅が5mm以下になるように整備することが義務づけられているんですよ。
へぇ、そうやって安全が保障されているんだ。
そして、振動と言えば、やはり地震でしょう。
あ〜、確かに。
これは1995年の阪神淡路大震災の被害写真ですが、2つの建物の倒壊状況の違いが分かりますか??


図3.3.7 阪神淡路大震災(左:マンションの圧壊、右:三宮交通センタービル)
左図は根元から圧壊しているけど、右図はビルの4階部分がぺしゃんこに潰れてますね。
地震動の周波数の違いによって、倒壊は大きく2つのパターンに分かれるのです。長周期だと根元に応力が掛かって、矢印の部分がダメになります。


図3.3.8 長周期地震動による揺れ

短周期だと、途中階の揺れの振幅が大きくなりますから、矢印の部分に脆弱な箇所があると、ダルマ落としのように、この部分がやられてしまうのです。


図3.3.9 短周期地震動による揺れ
そういうことなんだ。
意外と超高層ビルの方が地震に対して強いのは、超高層ビルを倒壊させるほどの長周期地震動が現実問題として存在しないからで、寧ろ、中高層ビルとか、マンションなんが甚大な被害を受けやすいことになります。
教授。今回は光の話が全然ないんですけど、光でも定在波はあるんですか??
ありますよ。それはWienerによって実験的に示され(論文)ました。


Otto Heinrich Wiener(1862〜1927)

そして、同じ原理を用いて、Lippmannが世界で初めて天然色写真を発明し、ノーベル物理学賞をgetするのです。


Jonas Ferdinand Gabriel Lippmann(1845〜1921)
へぇ。定在波って悪い面ばかりじゃないんですね。
これが、Lippmannの初期の作品です。


図3.3.10 天然色写真
結構、綺麗に写ってますね〜。
しかし、今の写真技術と比較すると、少しボケ気味で、その割にコストが掛かるため普及はしませんでした。
ノーベル賞って発明でももらえるんですね。
はい、結構いますよ。何か新しい発見という路線だけでなく、アッと驚くような凄い発明とか、人類に大きな恩恵をもたらす発明とか、広く視野を持って研究するといいかもしれませんね。


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